【これからの宗派を考える】1.宗派の必要機能

井出 悦郎

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近年、いくつかの宗派から公式・非公式に、「今後の宗派はどのような方向性・形にしていくべきか?」というテーマで相談をいただくようになりました。
この動きは、新型コロナウイルスにかかわらず既に起きていたものですが、新型コロナウイルスの登場によってその危機意識は加速していると感じています。

時折、寺院関係者から「宗派なんてなくなればいい」という大胆なご意見を聞きますが、私は宗派という存在は仏教界の繁栄においてとても大切だと感じています。ありがたみを日常的には感じにくい部分があるかもしれませんが、いざ宗派がなくなってしまったら困ることが多発するはずです。ただ一方で、時代に合わせて宗派のあり方は柔軟に変わっていく必要があるとも感じています。
宗派はそれぞれに強い独自性がありますので、比較的どの宗派にも共通する点について、今後何回かに分けて記事にしていきたいと思います。第1回は「宗派の機能」についてです。

宗派に最低限必要な機能とは

宗派の運営は、一つの国家運営にも似ています。特に1,000を超える寺院が所属する宗派になると、その宗派独自のエコシステムが全国に広がり、その運営と付き合いに相応の労力を伴い、一つの世界を形成しているとも言えます。

国家において必ず無くならない機能は税制、刑罰、外交(軍事)、それに紐づく国民情報管理(日本では戸籍)です。加えて、第二次大戦後に多くの国が社会福祉国家化し、様々な社会福祉機能を国家が担うようになってきました。特に日本は分かりやすい例ですが、財政逼迫から将来的には公的な社会福祉機能が削られていくことになると考えられます。

この文脈に沿うと、日本社会の縮小と軌を一にした寺院減少時代においては、宗派の一般寺院に対する福祉機能は削減を余儀なくされるでしょう。
加えて、新型コロナウイルスによって収入減の傾向が強まる寺院も増えるでしょうから、宗派が一般寺院から集める課金(宗派ごとに呼称が違うので、本稿では課金で統一します)も低調になることが予想されます。様々な力によって、一般寺院に対する福祉機能は絞り込みが不可欠になるでしょう。

では、宗派として最低限必要な機能はどのようなものでしょうか?
私が考える宗派の最低限機能は次のとおりです。

  • 僧侶育成
  • (企画・PR力も備えた全人類に伝わる)国際的教学
  • 寺院・僧侶名簿の管理
  • 本山護持
  • (上記に付随する財務も含む)経営管理

上記以外は必須機能とは言えないため、付加していく際には、寺院の活性化・収入増等の具体的なメリットがあるかといった視点で、何が必要な機能かを適切に見極めていくことが重要になります。

上記の宗派のあり方の根底には「現場(一般寺院)の邪魔をしない(=自助を高める)」という考えがあります。各寺院の現場における仏さまの十方衆生済度の働きの邪魔をしないことが大切です。現場(一般寺院)の邪魔になったり、自助力を下げる宗派の機能は削ぎ落すべきでしょう。

スローガン的運動の終わり

私が仏教界に関わるようになって不思議に思うことの一つは「スローガン的運動」が当たり前のように行なわれていることでした。
もっと言うと、宗教運動は本来的にはすさまじい精神的エネルギーをともなうものにもかかわらず、関わる人々にどうも気合いが入っていない牧歌的な様子が、一昔前の求心力を失った労働組合の運動に重なって見えたことを覚えています。

宗派としての運動的な取り組みは今後もなくならないでしょうが、中央集権的な求心力が弱まり、社会全体として大きな物語を共有しにくい趨勢において、宗派としての取り組みの有効性が低下していくことは必至です。
中央(宗派)が強権的にスローガンと取り組みを打ち立てて、皆(寺院)を追随させるというヒエラルキー構造の時代は終わり、これからは各地域の各寺院がユニークな取り組みを展開し、その中で強く共感を集める活動が、場合によっては宗派を超えて自然に波及していくという流れになるでしょう。

全国的に行われているお寺こども食堂、多数の寺院が参加するおてらおやつクラブ、SNSの力に支えられて反響を呼び起こしたお寺の掲示板大賞など、近年は刮目すべき取り組みがどんどん誕生しています。また、宗派公式ではなく、各宗派の青年会が独自に築き上げてきた災害時の迅速な対応ノウハウやネットワークにも特筆すべきものがあります。
今後は若手僧侶を中心にインターネットとITツールを駆使していく流れは加速こそすれ、弱まることはないでしょうから、中央(宗派)が全体を包み込もうとする取り組みの有効性・実行性は急激に下がっていくでしょう。そもそも檀信徒との接点が最も遠い宗派・本山においてはどうしてもマーケティング的発想や行動が希薄になりやすく、世界・日本の趨勢に鑑みて有効な教化施策をスピーディに講じることは困難です。

中央がスローガン的運動の旗を振る時代は終わり、各現場の理解・判断で教義の精神を様々な取り組みやシーンに反映させていくことが求められるでしょう。
そこにおいては斬新な教義理解・解釈に伴う新しい動きが生まれ、正統な伝統教学との思想的摩擦が生まれるでしょう。
しかし、摩擦がない思想は、思想としての生命エネルギーが失われていくだけです。むしろ宗派発展の原動力として伝統教学との思想的摩擦が自然と生まれる環境を短期的に整備していくことが、長期的な変化に耐えうる宗派独自の思想的エネルギーを引き出すことにつながると考えます。
どの宗派も数百年にわたって積み上げてきた正統な教義解釈があり、それがすぐに崩れるとは到底思えません。したがって、過度に過敏な反応をするのではなく、異端的な動きを歓迎・包容し、異端の力を宗派の思想的エネルギーを引き出すことに活用すべく力を注いでいくことが、少なくとも今の時代においては利が大きいと考えます。

宗教的権威による「承認・癒し」を長期的に維持することが宗派の役割

では宗派が率先して取り組みを打ち立てるべきでないとしたら、何をすべきなのでしょうか?
私は宗派には相応の役割があると考えています。全国各現場の共感性の高い活動を従来以上に積極的にすくい上げ、それに宗派としてのお墨付きを与えることが大切になるでしょう。
そのためには、各宗派において宗教的権威の立場にいらっしゃる方が、長年の研鑽で培ってきた宗教的直観をもって、素敵な取り組みに対して「それ、いいですね」という一言が求められるでしょう。現場は失敗を恐れず挑戦し、権威は「承認・癒し」をもって現場に接することで、現場には活力がもたらされ、新たな教化活動の創造につながるエネルギーが生まれます。

権威が企画する必要はありません。現場から恐れを取り除いて自由を与えれば、現場はそれぞれの創意工夫で勝手に動き出します。権威はその「承認・癒し」の力が最大限発揮されるよう、日々尊崇の念が集まるあり方を整え、時に無謬性を恐れず大胆な「承認・癒し」で現場に活力を吹き込むという循環が求められるでしょう。
宗派は、宗教的権威が長期にわたって発揮されるよう、その維持・保全を実現する最低限の機能に宗派機能を絞り込んでいくことが求められます。

若い世代の活力を宗派運営の中枢に取り込むことが、宗派の存続を担保する

また、現在の宗派運営を中心的に司る年代は、社会全体で大きな物語(例:高度成長、バブル)を共有してきた高齢世代です。
しかし、これからの宗派の活力を担っていく40代以下の世代は、そもそも経済成長の果実を経験したことがありません。この世代は失われた20年(そろそろ30年)を経て、社会全体で大きな物語を共有するという経験が希薄ですし、むしろそのような物語そのものに懐疑的です。全体を包括する大きな物語よりも、多様な物語(価値観)が共存し、相互に尊重し合う世界観こそが望む世界として考えています。

パラダイムシフトは様々な技術・制度等の登場も重要ですが、根本的には「(古いパラダイムに生きた)人が死ぬ(=身を引く)」ことで起こります。
したがって、高齢者が権力を握りがちな宗派という組織体においてはパラダイムシフトがもう少し先になりそうですが、それは宗派の存続を困難化させることにつながります。宗派運営の価値観を新しい世代の価値観に早期に転換していく宗派ほど、存続が担保されやすくなるでしょう。なぜなら、宗派機能を適切に絞り込んでいくには、未来の視点が不可欠であり、未来を生きる世代の責任において当事者意識をもって絞り込みを検討することが大切だからです。

既述の「承認・癒し」を可能にする宗教的権威は、相応の加齢による宗教者としての円熟味が不可欠だと思います。
一方で、体力・発想力・判断力・行動力・スピード感等が求められる組織運営は、加齢と相性が良いとは言いにくいものがあります。
組織運営の中枢を若手のみで固めるのは宗派という特性上バランスがよろしくないと思いますので、少なくとも中枢に若い世代の活力を相応の比重・存在感をもって取り込んでいくことは不可欠と考えます。
宗教的権威にふさわしい人と、組織運営にふさわしい人は適性が異なるという観点は、岐路の時代に立つ宗派こそ大切なものだと考えます。組織運営は思い切った若返りをはかり、その未来世代の責任において適切な機能に絞り込んで、変化が激しい時代に柔軟に対応できるよう宗派という存在を身軽にしていくことが重要になるでしょう。

井出 悦郎

(一社)お寺の未来 代表理事。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、2012年に(一社)お寺の未来を創業

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