「お寺葬」は現代社会に即応する弔いのソリューション

井出 悦郎

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今般、「お寺葬の教科書」を発刊いたしました。日本で初のお寺葬の専門ガイドブックです。
なぜ今回の発刊に至ったか、背景理由をご説明します。

なぜ今、お寺葬か? その時代背景

お寺の未来では様々なお寺からご相談をいただく際、お寺の本業である宗教事業が現代に適したエコシステムとして循環していくことを大切にしています。
相談の際は、かなりの確率で「お寺葬」というテーマが俎上にあがります。なぜお寺葬が重要テーマになりやすいのか、その時代背景を端的にまとめます。

  • 高齢化や単身世帯化、生活空間からの仏事の希薄化で、葬儀の簡略化と脱宗教化が進んでいる。お寺と檀信徒のご縁は弱まり、お寺の要であるコミュニティは希薄化が進行
  • 血縁や社会的立場を超えたお寺のコミュニティは、土着性と紐づいた地域社会のセーフティネットであり、お寺のコミュニティを育むことが公益性そのもの。コミュニティ強化の良循環が回るには、現代に合う形で弔いの再創造に取り組むことが重要
  • 近年は家族葬の主流化やネット葬儀仲介が台頭し、葬儀の低価格化が急速に進展。競争激化で葬儀獲得単価も上昇し、葬儀社の利益確保が困難になる中、葬儀施行の満足度を適切に保つことも難しい環境。しわ寄せは構造的に寺院に及び、寺院運営を圧迫
  • 寺院が独自の価値を発揮し、低価格競争に巻き込まれず、有縁の人々に葬儀の適切な価値と満足度を提供し、弔いのコミュニティを現代的に創造していくためには「お寺葬」に取り組むことが不可欠

以上のように整理できます。
お寺葬は「弔いのコミュニティの現代的な再創造」であるという点が重要なポイントです。

お寺葬推進に関する諸課題解決の方向性

では、お寺葬を推進していこうと思った際には、何を羅針盤にすれば良いのかという壁に当たります。
そこにはいくつかの課題があります。

  1. 個々のお寺葬の事例はあるが、個別具体的なものにとどまっている。普遍的な知恵として昇華され、体系化することが不可欠
  2. お寺葬の長期的発展には、お寺と葬儀社の連携が不可欠。両者のバランス良い視点で体系化することが重要
  3. お寺葬に継続的に取り組むために、寺院と葬儀社の信頼関係のネットワーク構築が大切
  4. お寺葬が広がるには、お寺葬という選択肢が一定の社会認知を獲得することが不可欠

まず1点目ですが、葬儀の形は地域によって、お寺によって様々です。お寺は個別性が強く、個々の事例は単なる事実にとどまりがちです。多くのお寺からは「事例を知りたい」という声がしばしば聞かれますが、確かなフレームワーク(枠組み)を持たずに事例だけを追い求めても、迷いが深まるだけです。
したがって、お寺葬というものに着実に取り組んでいくには、個々の事例の抽象度を高めて一定のフレームワーク(枠組み)を構築し、普遍的な知恵として昇華させていくことが求められます。「お寺葬の教科書」は、お寺葬にこれから取り組むお寺が順を追って検討を深められる構成になっています。そして、内容が体系的に整理されているため、既にお寺葬に取り組んでいるお寺にとっても気づきがあるはずです。

次に2点目です。お寺葬は寺院と葬儀社の長期的なパートナーシップが大切です。「お寺が葬儀社から主導権を取り戻す」ということも良く聞かれますが、両者が対立構造になってはいけません。遺族が「丁寧に弔うことができた」と思えるためには、お寺と葬儀社は価値を創出するパートナーであるべきです。したがって、両者の視点からバランスよく知恵が体系化されることが重要であり、「お寺葬の教科書」は、寺院を良く知るお寺の未来と、お寺葬の専門ノウハウを持つ葬儀社((株)T-sousai、お寺でおみおくり)に多大な協力をいただきました。本書によって、お寺と葬儀社の共通言語が一層育まれ、相互理解が深まることに寄与できれば幸いです。

そして3点目です。お寺葬に取り組もうと思った際に、「どの葬儀社と連携すれば良いのか」という課題にぶち当たります。既にお付き合いしている葬儀社がベストであれば良いですが、そうではないケースもあります。良き出会いを導くために、お寺葬に興味を持つ寺院と葬儀社が緩やかに情報交換できる場を設けることが重要という考えに至りました。様々な試行錯誤が必要になりますが、「お寺葬連絡協議会」という場を立ち上げ、有志のお寺と葬儀社がつながれる仕組みを構築したいと思います。

最後に4点目です。大切な方がお亡くなりになられた時、「葬儀をお寺にお願いしよう」という発想がすぐに浮かぶことが重要となります。それはお寺葬の社会認知獲得、もっと言えば「お寺葬の一般化」ということでもあります。全ての葬儀がお寺で営まれる必要はなく、遺族の状況に応じて最良のものが選択されるべきですが、お寺葬という素晴らしい選択肢が現状において遺族に提示されているとは言えません。お寺葬が檀信徒や地域住民に浸透していくには、お寺葬という選択肢が普通の状態である、お寺葬の一般化を目指す必要があります。そのためには、お寺葬に取り組む寺院がバラバラではなく、「面」として社会に見える必要があり、「お寺葬連絡協議会」が一定の役割を果たしていきたいと考えています。

「お寺葬」は現代社会に即応する弔いのソリューション

これからの日本社会は、本格的な多死社会に突入します。伝統的な家族の形が変容していく中、お寺葬は一人ひとりが生きた尊厳を大切に弔っていく、現代の社会変化に即応したソリューションの一つであると考えます。
お寺葬という営みは、現代社会で希薄化しがちな儀礼への接触や、弔う側と弔われる側の交流による命の循環の意識など、現代人の死生観の醸成につながる絶好の機会となるでしょう。その営みの積み重ねが、日本仏教が培ってきた弔いの文化の次世代継承につながっていくことになります。

お寺の未来は様々な領域において、全国のお寺の取り組みに伴走していますが、その中でもお寺葬は、お寺のこれからを支える中核的取り組みだと考えています。「お寺葬の教科書」と「お寺葬連絡協議会」は、お寺葬の推進を後押しする一定の役割を果たしていきたいと願っています。

「あの時、お寺葬に取り組み始めてよかった」

将来、そのように振り返られるお寺が一つでも増えることを心から願っています。お寺の未来はこれからも、次代につなごうと尽力されるお寺を全力で応援します。

(参考)「お寺葬の教科書」の概要

井出 悦郎

(一社)お寺の未来 代表理事。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、2012年に(一社)お寺の未来を創業

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