本州最北端の宿坊開設物語(おおま宿坊普賢院)

井出 悦郎

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本州最北端、マグロでも有名な青森県大間町。そこに人気の宿坊「おおま宿坊 普賢院」(曹洞宗)があります。住職は菊池雄大さん(30歳)。
菊池さんは、同じく大間にある福蔵寺の次男として生まれ、檀家ゼロで使われていなかった普賢院の再生に取り組まれています。

筆者も2019年7月に実際に宿泊し、まいてらでも記事にしました。宿泊客視点のため、本稿よりも読みやすい内容になっていますので、参考にご覧ください。

本稿は、お寺向けのより具体的な内容として、開設に至る道程や運営等の裏側について、解説します。

檀家ゼロの寺院を活用

檀家ゼロではあるものの、福蔵寺は普賢院の管理を担っていました。福蔵寺の檀家さんにとっても普賢院が将来の重荷にならないかは懸念事項でした。
そのため、菊池さんは普賢院を何とかしようと考え、カフェ・バーの開始を構想していました。大学時代のアルバイトで焼肉店の店長を務めたり、渋谷の音楽ハウス(ムー)でイベントを開くなど、店舗運営やイベントの経験値は相応に持っていたことも背景にありました。
そして、構想をしていた2017年に、宿坊・光澤寺のことを知りました。その取り組みに魅かれ、住職に伝えたところOKという回答。早速、宿坊開設に向けて物事が動き始めました。

元々の建物を活かして、リフォーム。融資条件の旅館業免許もクリア

普賢院には元々売店だった建物がありました。その躯体を活かせるということが分かり、寺務所・庫裏としてリフォームを開始しました。庫裏の床下にはチップを敷き詰め、ヒバの香りが楽しめる空間になっています。

リフォームのため構造体をいじれなかったということも関係し、客室である宿泊棟は庫裏と独立し、50メートルほど離れた場所に建っています。結果的には、自然豊かな境内地を一望できる絶好のロケーションに客室が設けられました。食事は庫裏で行なうことで、オペレーションを効率化するとともに、宿泊客と適度な距離感を取ることを可能にしました。

そして、様々な初期投資は合計で1,500万円。内1,000万円を国民生活金融公庫から8年の長期資金で借りて、500万円は自己資金でまかないました。
ハードルが高かったのは融資条件でした。簡易宿泊所や民泊新法での対応は不可で、旅館業免許が必須ということでした。そのため、保健所に8回も通い、消防法にもしっかりとした配慮が求められました。結果的には旅館業免許という一番厳しい規制対応をしたことは良かったと、菊池さんは振り返ります。菊池さんは年長者に可愛がられる人柄でもあり、行政担当者や金融機関とも良好な関係を築きながら開設にこぎつけたことが想像されます。

また、普賢院と道路を挟んだ目の前には、ゲストハウスがあります。菊池さんは宿坊と同時期にゲストハウスも申請し、運営しています。
元々は菊池さんの祖母が旅館を運営しており、その建物を発展的に活かす形でゲストハウスにしました。ゲストハウスはライダーズハウスとしても使われることが多く、ライダーの口コミによって、ゲストハウスだけでなく、宿坊の評判も広がっている実感があるとのことです。

万全の受け入れ態勢を維持するため、無理ない宿泊ペースを重視

2018年4月に宿坊は開業。しかし、1ヶ月以上お客さんが来ず、胃の痛い思いが続いたと菊池さんは回想します。5月末に初めてのお客さんが来られ、そのありがたさが身に染みたそうです。
現在は3日に1組、つまり月に10組程度を受け入れています。緩やかなペースにしている理由は次の通りです。

  • 参詣者・宿泊客に万全の状態で向き合えるよう、心身のリフレッシュ
  • 普賢院の法務に加え、福蔵寺の法務の手伝い
  • 施設の清掃・メンテナンス

3日に1組程度の緩やかな受け入れは、予約が取りにくい宿坊という評判にもつながっています。
宿坊だけで収益化を目指すのではなく、宿坊で評判を作りながら、他の収入を複合的に絡めながら、総合的に財務状況の良化を目指しています。

地道な集客努力は欠かさない。福蔵寺の檀家さんが重要な集客パワー

菊池さんは、毎月30社くらいにプレスリリースを送り、その都度の普賢院の取り組みを伝える努力を欠かしません。都市部と異なり、地方のメディアは常にニュースの素材を求めているという事情もあり、最近は記者の方から連絡があり、記事になりそうな話を探しに来るそうです。

そして、重要な支えは福蔵寺の檀家さんの存在です。普賢院で宿坊を運営することは、檀家さんも大賛成。法事の際に、遠方から来る親戚の宿泊所として、普賢院を積極的にすすめてくれるそうです。一組と言えども、時には宿泊者が10名にもなることもあり、宿坊の経営という観点からもとてもありがたい状況が生まれています。
また、大間と言えばマグロ。福蔵寺の檀家さんにはマグロ漁師も少なくないため、マグロをはじめ、様々な海産物の直仕入れが可能になっています。そして、農家の檀家さんからは新鮮な野菜も提供されています。それによって地のものがふんだんに活かされた料理が実現されています。
福蔵寺の檀家さんにとっても、普賢院が発展していくことで、将来的な負担が減ることはうれしいことですし、win-winの状況と言えるでしょう。

また、頭の下がる努力として、菊池さんは福蔵寺さんの檀家さんと会うたびに、スマートフォンにFacebookをインストールするのをお手伝いし、使い方を教え、普賢院の情報が届くための情報ネットワークを構築しています。檀家さんも普賢院の情報が届くのを楽しみにしており、檀家さんのファン化に貢献しています。

一方、冬の集客は普賢院にとって課題です。大間は決して交通の便が良い場所ではありませんので、インバウンドも含めて旅行会社との連携等、色々なチャレンジをしていく予定です。

運営は寺族の得意分野で役割分担。接客も含めて「ほど良い距離感」という自然体が鍵

普賢院は菊池さんのワンオペで運営されているのではなく、適切な連携体制を構築しています。
菊池さんの父親(福蔵寺住職)は境内整備、母親は料理、菊池さんは経営と接客をそれぞれ担当しています。それぞれの得意分野がたまたま分散していたこともありますが、お互いの役割を相互に尊重していることで、寺族がほど良い距離感を保ち、宿坊が運営されています。
また、前述の通り菊池さんの祖母は旅館の経営ノウハウがありますので、そのノウハウを伝承してもらうとともに、菊池さんが繁忙の際はゲストハウスの運営も担ってもらっています。

菊池さんの主担当である接客ですが、ここでもほど良い距離感が意識されています。宿泊客が望めば、庫裏での夕食の後も深夜まで話すこともしばしばですが、早く就寝したいという方であれば食事後は宿泊棟に戻ります。どちらの希望もかなえやすく、お互いに気兼ねなく過ごせるという利点があります。一日一組というコンセプトなればこそ、距離感を柔軟にできることはメリットが大きいと言えます。
また、宿泊中のスケジュールも相手に合わせて予定を組みます。放任のお客さんもいれば、恐山も含めた周辺地域の観光案内をするお客さんもいます。毎朝の朝課も6時半から行い、お客さんが体調・気分に合わせて無理なく取り組める配慮を行っています。

接客で無理をしないということも含め、「ほど良い距離感」というコンセプトが、過度に意識されることなく、各所に自然体として浸透し、普賢院の運営オペレーションは回っていると言えます。長続きするための秘訣ですね。

宿坊だけではない普賢院。幼青壮老のご縁が巡るお寺として発展

普賢院には、宿坊以外にも様々な顔があります。

週末には地域の遊び場として、子どもが境内を走り回ります。夏にはフェスがあり、巨大な流しそうめんも登場し、人気になっています。
また、大間は地元に結婚式場がないため、地域のカップルは、他地域で結婚式を挙げなければなりませんでした。その状況を何とかしたいという強い思いが菊池さんにはあり、普賢院では仏前結婚式にも積極的に取り組んでいます。地域コミュニティの口コミ力によって、評判が広がっている実感があるそうです。

そして、介護についても結婚式と同じ状況が生まれており、将来は境内地で老人ホームを運営できないかということを模索されています。檀家さんとお話ししていると、大間の海と空が見えるところで死にたいという方が少なくないそうです。その話を聞く中で、地元で安らかに死を迎えていただきたいという思いが菊池さんにはあります。

普賢院の境内地にはお墓もあります。宿坊開設と並行して開発を行いました。樹木葬を意識したスタイルで、特に女性に人気があるそうです。
檀家という厳密な制度を取っておらず、霊園的な運営を行っており、他のお寺を菩提寺にしてもらってもOKということにしています。税務視点では気がかりな運営ですが、地域的な緩さも関係しているのかもしれません。

地域の子どもが走り回り、成人したら結婚式を挙げ、壮年期には緩やかにつながり続け、老後は境内の中で死を迎えていく。生死と、それによるご縁が緩やかに循環する。葬式仏教を超えたお寺の本来的なあり方が、普賢院の長期目標と言えるでしょう。

三本柱の充実を図ることで、収入面の安定化を進めていく

収入面では、宿坊、仏前結婚式、日帰り仏教体験を三本柱として育てていきたいそうです。
月々の維持費の最低ラインは20-25万円で、宿坊でその分がまかなえれば良いという考えとのこと。菊池さんには福蔵寺の法務収入もありますし、宿泊まではいかない日帰り仏教体験の需要もあることで、宿坊開設から一年を経過し、収入面は無理ないところまでは育ってきたそうです。今後は仏前結婚式なども育っていくことで、収入面はより安定していくことが予想されます。
ちなみに、お墓はお駄賃と考え、修繕費として充当しているそうです。宿坊・仏教体験・法務・仏前結婚式などのソフトのみで人件費を含めた運営費がカバーされ、ハードであるお墓の収入で修繕費をカバーしていくことは理想的な財務構造です。

以上、おおま宿坊 普賢院の今までの歩みを解説してきました。その歩みから得られる示唆をポイントとしてまとめると、次の諸点が挙げられます。

  • 寺族・檀家・地域の人的リソース(得意分野)と地域資源をフル活用
  • 自己資金のみにこだわらず、長期の外部資金(融資)を柔軟に活用
  • 檀家の応援を獲得し、ファン化
  • 関係者・宿泊客との「ほど良い距離感」による無理ない運営体制で、持続性の向上
  • 宿坊に頼らない多様な収入源を開発し、財務を安定化
  • 明確な長期ビジョンによる寺院の魅力向上
  • 上記を楽しみながら推進する、菊池さんの柔軟性のあるリーダーシップ

過疎地の有力な取り組みテーマである「宿坊」。
宿坊の一本足打法に固執せず、宿坊を切り口にしてお寺の様々な営みを接続していくと、お寺の可能性が多方面に開発されていきます。
過疎という地域性を言い訳にせず、百尺竿頭進一歩の境地で、新たな一歩を踏み出す発心と勇気にこそ、仏縁をつむぐ源が花開くのかもしれません。

井出 悦郎

(一社)お寺の未来 代表理事。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、2012年に(一社)お寺の未来を創業

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