ドトールと街の風景に感じた変化

井出 悦郎

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私は早期に在宅勤務を始めたため、4週目に突入しています。
何回か外訪はあったものの、ほぼ自宅作業で、オンラインMTGに明け暮れる日々です。

作業には、コーヒーが欠かせません。
愛飲のドトールブレンドの減りが速いため、豆を買いに近所のドトールに行きました。(いわゆる不要不急の外出となり、申し訳ありません・・・)

お店の入口すぐの席でため息をつく初老の男性。よく見ると、この店のオーナーでした。
机の上には「●●税理士法人」という封筒。そして、紙の裏から「残高試算表」という文字が透けて見えました。
当然、店内は閑散とし、店員の女性の表情も暗く、業績が推察されます。

豆を挽いてくれるのはいつもと変わらずオーナーです。手渡してくれる時の「ありがとう」は元気がなく、コーヒー豆を多めに買えば良かったと心が痛みました。

お店を出たところのテラスでは30代くらいのカップルが会話していました。
「4月はもう赤字だよ。先月も赤字。どうするの?」
女性が男性を問い詰め、その光景にも心が痛みました。

束の間の外出でしたが、リーマンショックの時の影響と明らかに違うと感じました。
当時は近所を歩いていて、近所の「風景として」影響を感じることはありませんでした。
今回は一ヶ月くらいで既に市井に影響が出ています。日銭商売の業態は運転資金で3ヶ月も持っているところは多くありません。自助努力では早期に限界が来ます。命の安全のためにも、公的な支えは待ったなしだと感じさせられます。

東京はそこかしこにお店がありますが、コロナウイルスという猛威が去った後、街の風景が一変しているかもしれません。
見慣れた日常が失われていく、強烈な「風景としてのグリーフ」がこれから断続的に襲ってくるのだろうと感じます。

お店という物理的な拠点を持つこと自体も事業リスクとなり、無店舗業態がどんどん増えるでしょう。デリバリーやテイクアウトが盛んになってきていますが、無店舗業態へのある種のチャレンジとも言えます。

そして、在宅勤務が増えてくると、カフェ的なくつろぎ感を自宅で実現するなど、それぞれの家庭で様々な工夫が進むでしょうし、コミュニティ(人)を売りにする業態でないと生き残りは難しくなります。

1.(そこそこ美味しい)デリバリー&テイクアウト
2.唯一無二の高級店(⇒数十万円払えば、家庭で有名シェフの出張料理もできる)
3.味よりも、重要な人のつながりがある場

物理的な「場」に紐づけられた飲食店も、上記のように機能分化が進むでしょう。
飲食店に限らず、どの世界でも人々が修羅場に立たされ、必死にもがく中で新たな市場が形成されていくのだと思います。

現時点での3つのお寺の機能

翻ってお寺を考えてみます。物理的な拠点という点では、飲食店に限らず様々な店舗と似ています。
通常のリアルな場での仏事・法要等の機能は極めて重要ですが、現時点の時世に照らしてあえてそれを除いて以下3つの機能に整理します。

1.(そこそこの満足感を提供する)オンライン法要・仏事
2.唯一無二の存在・功徳の仏さま(⇒こういう時代だから、時期が来たら出開帳も?)
3.不可欠なつながり・関係性のあるお寺コミュニティ

まず1ですが、この一ヶ月でYouTube、Facebook、twitter等、オンラインでの発信にチャレンジするお寺が増えました。
世の中に比べれば動きが遅い仏教界ですが、この一ヶ月でもオンラインでの打ち合わせも普通になり、きっかけ次第でいくらでも変わるんだなと感じます。
試行錯誤の時期を抜けていくことで、様々な側面でオンラインを活用したお寺の機能補完・補強が進むのだと思います。
全ての機能を代替することは難しいですが、普通の一つの選択肢としてオンラインが存在感を占めていくでしょう。

ただ、オンラインで仏事を依頼する人は思いがあるので、正常時であればリアルな場で仏事を営む人でもあります。なので、オンラインは新規の顧客開拓というよりも、既存顧客のつなぎとめという意味合いが濃いと考えます。
そして、中途半端に試みて失敗し、かえって満足感を下げることは避けるべく、念入りに準備することが大切になるでしょう。

有名寺社の役割は「人々の祈り・願いを受け止め、参画性を創ること」

2については一部の有名寺院・神社に限られることですが、有名寺院・神社だからこそできることは「人々の祈り・願いを大きな懐で受け止め、参画性を創ること」だと思います。
東大寺が全国に呼びかけ、4月1日から始められた法要はその象徴だと思います。

先日の食卓でこんな話を家族としました。

私「こういう時こそ、お寺やお坊さんには何してほしい?」
妻「そうね、一生懸命お経してもらうことかなぁ。だって、それが本業でしょ。お坊さんが聞き上手だとはあまり思わないし、みんなが期待することはそれじゃないかしら。これからコロナで不慮の死で亡くなる人も多くなるでしょうし、檀家さんに限らず、亡くなられた人や重症化した人のために一生懸命祈ることじゃないかなしら」
私「なるほど、シンプルだね。真子ちゃんは?」
娘「お寺とか、神社にかかっている願いを書くものがあるでしょ?」
私「絵馬のこと?」
娘「そう、絵馬。絵馬に『コロナが早く収まりますように』とか書いてもらって、お寺にみんなの願いを一杯かけたらどうかな。コロナ専用の絵馬とか。お寺に来れない人には絵馬を郵送してあげたり、『こんなにかかってます』とか、写真をネットで配信したりするのがいいと思う。インスタ映えもするんじゃないかな。コロナが封じ込められたら、それを燃やして、『みんなの願いが叶いましたよ』と、炎が空にのぼっていくのも素敵だなぁ」
私「なるほど、斬新なアイデアだね。みんなの願いが目に見えるのはいいね!」

ということで、お経と絵馬という「祈り」「願い」が軸となったシンプルな役割が、一般人のお寺への期待役割だと感じさせられました。
有名寺院・神社は不特定多数の祈り・願いを受けとめる取り組みと、その取り組みを可視化し、リモートにいる方でも祈り・願いへの参画を促す、具体的な仕組みを整えて発信していくことが大切ではないでしょうか。

檀家寺の基本機能は「関係性」

3については言わずもがなで、全国津々浦々の檀家寺の基本機能でしょう。
今まで育んできた檀信徒や地域の人との関係性が、緊急事態の今こそ見つめ直される時です。

最近、各国・各業界の友人と意見交換していて感じるのは、今最も求められているのは「不安を和らげる」ことだと思います。
プラスアルファの付加価値を創造することよりも、不安を和らげることに最もエネルギーが注がれるべき時です。
そして、「不安を和らげる」機能こそ、宗教が長年担ってきたものだと思います。

東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ[#「朿ヲ」はママ]負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
(出典:青空文庫)

みなさんご存知の、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」です。
社会的距離を確保することが前提ですが、精神として、今必要なあり方はこういう姿勢なのではないかと感じます。(引用したからと言って、私が法華経信者というわけではありません)

「大変な時だけど、ともに悩み、ともにいる」

最近、相談を受けるお寺に、「こんな時だからこそ、チャンス(好機)と思って、個別対応力を高めませんか?」とすすめています。
その具体的なアクションとして、檀信徒一軒ずつに対して、お見舞いと近況伺いの電話、もしくは(部分的にでも)直筆の手紙をすすめています。
正直言って大変なことです。なので、オンラインの向こう側からもみなさんの「ウっ」という反応を感じます。

しかし、私がこれをすすめるのには理由があります。
個別の電話や手紙をしようと思った時、「どれほど相手のことを知り、状況を理解しているのか」という問いに立たされるからです。
相手によっては、いかに知らなかったかという痛切な反省を覚えるでしょうし、その気づきこそ意味があることだと思います。
個別対応力を高める第一歩として、誰にでもできることは電話(対話)と手紙です。そして、檀信徒にとっては「私のための」プライベートメッセージになりますので、それを通じて檀信徒との関係性を維持するとともに、「不安を和らげること」につながる側面もあるでしょう。

お寺にいながらにして、心はお寺を出でよ

人間有史以来、これだけ広く社会全体で類似した体験を共有したことはないのではないでしょうか。
みんなが当事者であり、みんなが不安に包まれています。
そのような時だからこそ、お互いに思いやりをもって不安をなぐさめあうことが求められますが、みんなにその余裕があるわけではありません。
宗教組織・宗教者は、存在意義そのものとして、緊急事態だからこその出番もあるのではないでしょうか。

「お寺にいながらにして、心はお寺を出でよ」

今こそお寺に求められている姿勢だと思いますし、市井の一般人でも家にいながらにして今何ができるかを必死に考え、できることを行動に移し始めています。
身近な至るところで、世界は今までと違ったスピード感で確実に変化し始めています。

井出 悦郎

(一社)お寺の未来 代表理事。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、2012年に(一社)お寺の未来を創業

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