ファミリービジネスという難しさ - 寺族会議から見えること

井出 悦郎

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この2年くらい、お寺の家族会議に呼ばれることが増えてきました。
依頼者は住職であったり、副住職であったり、場合によっては住職の奥さまからのご依頼もあったりしますが、呼ばれる場はいずれも家族(寺族)会議という点は共通しています。

お話しするテーマも様々です。

・お寺の取り組み(寺業)を進めるための寺族の説得
・住職のお金の使い方の改善
・代々対立的な檀家との関係改善    等

詳細内容は差しさわりがあるので控えますが、俎上にあがるテーマはとても個別性が強く、なかなか一律的には解決しにくい難しさを感じます。

まず、難しさを生んでいる要因として、対話をする中で、住職・副住職という公的な立場と、父・母・子という親子関係の立場が複雑に入り混じります。
客観的な視点からはどの立ち位置で話しているのかは比較的分かるのですが、話している当人は立場の変化についての自覚がないまま、公的から私的な立場へと瞬間的に立ち位置が移り、結果として感情的に話がもつれていきます。

「実の親子だと、『一番言われたくないこと』を、『一番分かっているはずの人』が、『一番いいタイミング』でガーっと言ってしまうんです。」(出典:星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書 P180)

このようなことが、お寺の日常ではよく起きるのでしょうし、当事者間だけでは解決方法が見つからず、袋小路におちいってしまうと推察します。

自己肯定感を得ることと、一致点(約束事)が見つかることがポイント

寺族会議に立ち会う際、お寺の未来としては、まずはそれぞれのお話をじっくり聞きます。
住職には住職の言い分があり、副住職には副住職の言い分があります。それぞれの立ち位置なりの正しさがあるので、第三者から見たそれぞれの正しさを見極めるように努めます。

大切なのは、その場の関係当事者全員が自己肯定感を得られることです。感情によって、すぐにもつれてしまうからこそ、ポジティブな感情が記憶として残らないと、次のステップにはつながりません。この点は非常に重要です。
したがって、じっくりお話しをうかがった後、お寺の未来としては、それぞれの言い分における重要な点は積極的に肯定し、共感(=おっしゃる通りだと思います)を示すようにします。依頼者以外は初めて出会う方ばかりのことが多いので、第三者の意見を受け入れてもらえる関係性を構築することを大切にしています。

そしてその次に、自己肯定感を前提とした上で、お互いがちょっと歩み寄れる一致点を見出すことが重要になります。どんなに小さなことでも良いので、その日の一致した結論として、具体的な約束事が見いだされないと、次のステップにはつながらないからです。
住職にとっても副住職にとっても、第三者がいる場での約束事は重いものです。契約ではありませんが、約束事は心理的拘束になります。約束事を通じて、どんな小さなことでも良いので日々の行動が少し変容していく。そんなきっかけができるだけでもお寺にとっては大きな一歩だと思います。

第三者を活用する効用は、お寺に「冷静さ」を取り戻すこと

「今日は寺族が同じ席に着いて、『冷静に』話せたこと自体が大きな価値です。」

お話しが終わった後、よくこんな言葉をいただきます。お寺の未来としてもこの言葉を聞くと、とても安堵します。
寺族の融和こそ、お寺を推進するエネルギーの源です。

仲裁者というほどではないですが、お寺の未来が第三者として寺族会議で貢献できている背景として、次の要因が挙げられます。

  • 緊密な利害関係者ではない
  • 様々な事例を含めてお寺のことを良く知るとともに、寺院の個別課題に対応してきたコンサルティングの実績・ノウハウが豊富
  • 世の中の様々な事業運営や組織運営の要諦をよく知っている
  • 第三者として論理的に議論内容を整理し、(ささやかだが具体的な)解決案を提示できる

特に個別課題への対応力という点が、ささやかな貢献ができている要因だと感じます。

寺院はとてつもない個別性の塊です。(参考:[お寺の生態論] 4.超個別性
その個別性に対応するには、セミナーや書籍・講演等の一律的なマスアプローチでは難しく、一つひとつの個別課題に深く関わり、時には継続的に伴走することが重要になります。
個別課題に対応することはとてもエネルギーが必要ですが、個別課題を地道に解決していくこと以上の王道はないように感じます。どの世界にも魔法はありません。

お寺の世襲化・ファミリービジネス化の功罪

お寺が世襲化・ファミリービジネス化している現状は、よく批判されます。
しかし、お寺の未来としては、現状に対しては極めてニュートラルです。と言うのも、世襲化・ファミリービジネス化がお寺にとって最良であればその選択をすれば良いことですし、そうでないのであれば別の選択肢を模索すれば良いのではと思います。
世襲化・ファミリービジネス化そのものが悪いのではなく、世襲化・ファミリービジネス化のマイナス側面が看過できない状態として社会に見えてしまうからこそ、批判されるわけです。

この100年近く、多くのお寺で世襲化・ファミリービジネス化が進みましたが、最近思うのは、世襲化・ファミリービジネス化が進んだことでお寺が維持されてきたという側面もあると感じます。
と言うのも、神仏分離・廃仏毀釈、農地解放など、明治から戦後まではお寺にとって苦難の時期が続きました。その間に並行してお寺の世襲化・ファミリービジネス化が進みましたが、「寺業≒家業」だったからこそ、お寺を潰してはいけないという大きな責任感とエネルギーが生まれたと考えます。私財を投じてお寺を維持してきたという話はよく聞きますし、現在でも過疎地のお寺が兼業しながら、時には経済的負担もしながらお寺を維持運営されているご苦労は、世襲化・ファミリービジネス化が前向きに評価されるべき点でもあると思います。(その多大な負担の軽減という課題にもしっかりと向き合う必要はありますが)

現在、お寺は大きな岐路に立っています。人口の都市集中や多死社会・少子化による檀家制度の変容という、大規模な構造転換が進行中です。構造転換の時代を渡っていくには多大なエネルギーが必要であり、世襲化・ファミリービジネス化の良い部分は大いに前向きに発揮されながら、そのマイナス部分は発揮されないようにあり方や営みを是正していくことが重要になるでしょう。
この世襲化・ファミリービジネス化というテーマについては、また稿を改めて考えを述べたいと思います。

井出 悦郎

(一社)お寺の未来 代表理事。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、2012年に(一社)お寺の未来を創業

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