[お寺の生態論] 2.ご縁に感謝

井出 悦郎

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今回は「ご縁」がテーマです。
前回の「悠久の時間軸」と重なる部分もありますが、少し違った角度から論じてみようと思います。

出会いを導いてくれた、全てのご縁に感謝

お坊さんと話すと、「ご縁」という言葉をよく聞きます。

「今日は良きご縁をいただきました」

初めて出会った際にそうおっしゃり、感謝を示されるお坊さんは少なくありません。
一般的に、ご縁は「出会い」という意味合いで使われますが、お坊さんは目の前の相手との出会いだけでなく、その出会いや関係性を導いてくれた、過去も含めた様々なご縁に感謝している姿がしばしば見られます。
華厳経の重重無尽(じゅうじゅうむじん)や、インドラの網の世界観は、お坊さんの中に脈々と息づいていると感じます。

「今の総代長のおじいさんには、大正時代に本堂を立て直す頃に大きな力を貸してもらったと、先代の住職は生前によく言っていた」
「檀家の〇〇さんにはとてもお世話になったので、お孫さん(30代)の結婚式はぜひうちのお寺でやってほしいとお願いした」

数百年の歴史を持つお寺は珍しくなく、住職が数十代を数えるお寺も少なくありません。
地域社会で数百年間培われたご縁の厚みに支えられているからこそ、数世代前や100年以上前に生きていた方が会話に登場するのでしょう。

一般的な世界では、価値提供と感謝・対価の交換が同時的に起こることが多いですが、お寺の場合はその時間が大きく隔たります。
経済性はめぐりめぐって循環するという感覚でしょうか。

お布施についても家計が厳しい際には「無理しなくていいよ」と、檀家さんに伝える住職は少なくありません。檀家さんも感謝し、余裕が出きた段階でお布施することがあります。
長期的な持ちつ持たれつの関係性だからこそ、巡り巡ってお気持ち(感謝)と経済性が循環するという構図が成り立ちます。

分野は変わりますが、投資の世界でも、似たようなことがあるようです。
長期的なリターンを期待される投資候補先については、数年かけてじっくり検討を重ね、様々な関係者と会って信頼関係を築くそうです。
様々なご縁が整い、無理ないタイミングでお付き合いのカタチが定まっていくのは、長期的な関係によって成り立つ世界では共通なのかもしれないですね。
まさに、”Long Life Time Value”と言えます。

世の中の変化が速く、近視眼的になりがちな現代。
昔からの関係を大事にするお寺の姿勢は、現代を生きる我々に長い目で物事を見て、関係性を育む大切さに気付かせてくれるように感じます。

「たまたま」にあふれる、ご縁任せの戦略

今まで多くの寺業計画書を見てきましたが、時々面白いことに気付きます。

「お寺のホームページを作ろうと思ったら、『たまたま』檀家さんにWEB構築に長けた人がいて、快く引き受けてくれました」
「境内がいつもきれいに掃除されていて気持ちよいと言われるのですが、旦那さんが亡くなられた奥さんから、お参りがてらお寺を掃除したいと、『たまたま』言われたのが始まりです」

面白いことに、計画の中に「たまたま」があふれかえっているのです。
企業でも偶然の力が作用することは多いのですが、部下が「たまたま」にあふれる計画を持ってきたら、経営者は「もっと考えてきなさい」と言うでしょう。
しかし、お寺においては「たまたま」の登場率が群を抜いています。それによって経営が成り立つのですから不思議です。

お寺の方々は「運がよいだけ」と表現されますが、たまたまをしっかりと引き寄せているとも言えます。それは、損得抜きで長年にわたってご縁を大切にしてきたからこその賜物です。
そして、たまたまを自分たちのおかげと考えず、一貫して「ご縁です」と捉える感謝が、新しいたまたまを引き寄せる好循環に繋がっているのだと思います。

変化が激しい現代は、事前の計画どおりに物事が進むことはあまりないでしょう。想定外の変化に柔軟に対応していくことが大切です。
築き上げてきたご縁の中で「たまたま」の助けに身を委ねながら、予期せぬ変化に対応していくことができるのは、お寺の大きな強みと言えます。

良い人に紹介された人は、良い人に違いない。
人間関係は命のつながり

お坊さんと話していると、人の見方が世間的な尺度とは違うと感じることが多々あります。

  • 目の前の人を、優秀かどうかという眼鏡では見ない(→大企業の名前でもそれほど有効に作用しない)
  • 信頼する人の紹介ならば、初めて会う人も良い人に違いないと見る(→誰の紹介なのかが重要)
  • 人間関係を無機質な機械論ではなく、生命論的世界観で捉える(→命と命の出会いに感謝)

お坊さんの中では、優秀さという理屈・論理よりも、良い人かどうかという情緒的判断が優先されていると感じます。
長きにわたって関係性を育むには、良い人であるかどうかという判断軸がもっとも合理的なのかもしれません。

私もお寺の世界に関わるようになって驚いたことは、信頼を得るまでは大変でしたが、一度信頼されると懐がとてつもなく広かったことです。
一般社会では感じられない、温かく広い懐があり、なんとも言えない包容感というか安心感があります。

一度気に入られると、内容をあまりご理解いただいていなくても、どんどんチラシやパンフレットを配ってくれたりして、積極的に宣伝してくれます。
お寺の世界は、良くも悪くも口コミの噂社会で回っているので、気に入ったものは積極的に口コミ(噂)してくれると感じます。

それでは、今回の論考をまとめます。

  • 今という瞬間のご縁を導いてくれた、過去の多くのご縁に感謝する
  • あまり計らいすぎず、ご縁が「たまたま」結ばれる偶然に委ねる
  • 人間関係を、命と命のつながりとして喜ぶ

短期的な収益が求められがちな企業経営(特に上場企業)においては難しいかもしれませんが、サスティナブル(持続的発展)な経営には欠かせない観点だと思います。
特に企業という存在は、理念に共感した人々が貴重な人生(命)を使って、事業に邁進するわけですし、命が集う生命体と言えます。
禅語では「全機現」ともいわれますが、一つひとつの命が持てる能力を最大限発揮するには、お互いの命の出会いに喜び、様々なご縁に感謝することが、企業風土を根底で支える安心のインフラになると考えます。

井出 悦郎

(一社)お寺の未来 代表理事。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、2012年に(一社)お寺の未来を創業

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