[お寺の生態論] 3.スーパー・ルーティン

井出 悦郎

  • Facebook
  • Twitter

年中行事・日課という強固なルーティン


お寺は「スーパー(超)・ルーティン」の組織です。
どの組織も日常のルーティン(決まった型の業務)がありますが、お寺はその強さが格別です。
お寺に何かを提案する際は、新たな取り組みがスーパー・ルーティンの日常に落とし込まれうるかという観点が大切です。

まず、お寺は年中行事という、大きな力学が回っています。

  • 1月は年末年始から2週間くらい続くお正月モード。宗派によっては大般若祈祷会がある
  • 2月には節分、涅槃会(お釈迦様の命日)。宗派によっては星祭りがある
  • 3月は1週間ほど春のお彼岸
  • 4月は花祭り(お釈迦様の誕生日)
  • 5月の上旬は少し一服。下旬から7月頭まで宗派の研修が開催
  • 6月くらいから少しずつ施餓鬼が始まる
  • 7月から8月はお盆モード。地域によっては8月は地蔵盆がある
  • 9月は秋彼岸
  • 10月から11月は宗派ごとに様々な行事や研修のピーク
  • 12月は成道会(お釈迦様が悟りを開いた日)と年越し準備

これら以外にも、宗派ごとに宗祖の命日や誕生日の法要があります。
一つ一つの年中行事には準備や案内等で、相応の労力がかかります。

そして、年中行事という大きなルーティン以外にも、日課というルーティンがあります。
朝(夕)のお勤めや掃除、門の開閉。お寺によっては決まった時刻の鐘つきがあります。日中は檀家さんや地域の人のアポなし訪問も多かったり、営業電話もかかってきたりして、気がついたら夕方になっていることもしばしば。
その間にも檀家さんの月参りや、主には週末に法事があります。葬儀は突然入ってくるので、あらゆる予定を急遽調整して葬儀最優先で動きます。

年中行事と日課という確固たるスーパー・ルーティンが、来る日も来る日も回り続けている組織がお寺であり、その中に新たなルーティンが落とし込まれていくのは膨大な労力が必要となります。

ルーティンこそ至上の価値であり、安心の源

お寺ではルーティンを回すことが最優先されます。
ルーティンを疎かにすると、お坊さんとしても尊敬が集まりにくいとも感じます。
ルーティンは強い型のため、ついつい「やればOK」という行為至上主義になりがちですが、心を込めて営まれるルーティンこそ、お寺においては至上の価値になりうると言えます。

お寺は完全なオフがあまりなく、オンモードがずっと緩やかに続きます。
そのような中で、数十年、ものによっては数百年続く強固なルーティンを変えようという思いは湧きにくいでしょう。
強固なルーティンによって、お寺は急激には変化しにくく、「1.悠久の時間軸」で述べたように、長期間にわたって小さな変化の積み重ねが続けられるという特性が強化されるのかもしれません。

様々な物事が急激に変化する現代社会において、変わらぬ営みは安心感を生み出します。お寺のように変わらぬ営みが保全・継続されている存在は貴重でしょう。
見方を変えれば、年年歳歳お寺の中でスーパー・ルーティンが回っているからこそ、お寺にお参りする人は「いつも変わらぬ安心」を感じられると言えます。
近年、お寺や神社のお参りが増えているのも、急変する時代において多くの人々が「変わらぬ安心」を探しに来ているからなのかもしれません。
その点では、これからの時代は、お寺のスーパー・ルーティンの価値はますます高まりそうです。

そして、近年はイチロー選手や、ラグビーの五郎丸選手の影響で、ルーティンへの注目が高まっています。
苛烈な緊張にさらされるアスリートは、精神状態がパフォーマンスに大きく影響します。ルーティンを持っていると精神安定につながりやすく、どのような環境でも普段の練習と同じような力を発揮しやすくなります。
ビジネスの世界でも、実績を出す人は固有のルーティンを持っていると言われます。プレッシャーのかかる環境下で、ルーティンによって安心と集中をもたらし、実績につながりやすくするのは、スポーツもビジネスも一緒なのでしょう。
ルーティンは決まった型を通じて、結果の再現性を高めるという性質がありますから、「変わらぬ安心」を生み出すルーティンの先輩格であるお寺には、スポーツやビジネスの視点からも、まだまだ貴重な示唆が眠っているのかもしれません。

スーパー・ルーティンに落とし込まれる5つのポイント

それでは、お寺というスーパー・ルーティンの組織に新しい取り組みが落とし込まれていくポイントは何でしょうか?
いくつかの要素が考えられます。

  • [文脈] 既に行われているお寺の営みに重ねること(ドッキング)はできるか
  • [負担] 取り組むのに、物理的・金銭的な負担が少ないものか
  • [容易さ] 誰でもできる簡単なものか
  • [継続性] 一時的な流行ではなく、何年も継続可能な内容か
  • [明朗性] 檀信徒・地域住民に説明・伝達しやすいものか

例えば、活躍が目覚ましいおてらおやつクラブを見てみましょう。

  • [文脈] 「仏さまにお供えされたお供物のおさがり」という、昔からの慣習に重なる
  • [負担] 1-3ヶ月に1回程度の郵送作業と郵送代
  • [容易さ] 段ボールにパッキングという誰もが経験したことがある行為
  • [継続性] 貧困という消えにくい社会課題が対象であり、発送作業も1-3ヶ月に1回程度なので継続しやすい(むしろ止める理由がない)
  • [明朗性] 活動がシンプルであり、貧困支援という意義も含めて誰にも伝えやすい

おてらおやつクラブは上記の5つの要素を満たしています。
取り組み寺院も拡大を続けており、お寺のルーティンにうまく落とし込まれつつある取り組みと言えます。

次に挙げるのは、お寺のルーティンに落とし込まれると、お寺の継続性に貢献しやすいものと、お寺の未来が考えているものです。

  • 長期修繕計画の具体化と、それに基づく修繕の必要性を検討する場(総代会など)の連動 (→現状は行き当たりばったり)
  • 会計(日々の記帳) (→日々の記帳が疎かになり、結果的にどんぶり勘定)
  • 檀信徒情報のデータ化・更新 (→現状は住職の記憶依存で属人的)
  • 寺報の定期発行 (→檀信徒とコミュニケーションする最強ツール)
  • 掲示板の定期更新 (→昔からある、お寺と地域社会が接する縁側的機能)
  • ホームページの公開・定期更新 (→掲示板のネット版。そもそもホームページを持つお寺が少ない)
  • 行事のオープン化 (→写経・坐禅・坐禅・朝勤・作務・お磨きなど、せっかく行われている行事を、檀信徒以外にも開放)
  • 終活に関する講座 (→葬式仏教が社会的期待の一つにもかかわらず、檀信徒からお寺には聞きにくいテーマ)

5つのポイントに当てはめると、「負担」「容易さ」という点で、どの取り組みもハードルは低くはありません。
ただ、どれも本質的な取り組みですし、本質的であるほどハードルが高いのは当たり前でしょう。
現代はテクノロジーも発達していますし、それぞれの企業が培ってきた知恵が活かされ、お寺のルーティンに落とし込まれていく素敵な取り組みが出てくることを願ってやみません。

井出 悦郎

(一社)お寺の未来 代表理事。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、2012年に(一社)お寺の未来を創業

お気軽にご連絡ください

漠然としたお悩みでも結構ですので、
お気軽にお声がけください。

お寺の未来マガジン

お寺づくりに役立つ情報を、無料のメールマガジンで配信しております